結核菌検査に関する
バイオセ−フティマニュアル

− 2005年−

第2版

日本結核病学会・日本臨床微生物学会・日本臨床衛生検査技師会
(「結核」 Vol.80 No.6 June 2005 付録を 改訂:2007/8/10)
 
 はじめに

 
我が国では平成14年に全国で32,828人の新規登録結核患者があり,そのうち2,316人が結核で死亡している。結核は,単一病原菌による死亡原因の第一位疾患であり,今も高齢者を中心に発病者が多く,日常診療で最もよく遭遇する感染症の一つである。このため医療従事者は,結核専門病院のみならず一般病院においても結核菌に曝露される機会が多く,一般住民に比べ結核発病率が高い。そして,その中でも検査技師の結核発病率は看護師に次いで高く,検査現場での結核感染防止に関する安全対策は重要である。
 さて,近年の結核菌検査には,従来の直接塗沫ならびに小川培地を用いた培養検査だけでなく,集菌塗沫や液体培地を用いた培養法あるいは結核菌の遺伝子を検出する核酸増幅法検査などの新しい検査が次々と登場し,既に日常診療に取り入れられている。ところで,一般に結核菌検査室や病理検査室などでの結核感染は,臨床検体を処理する際に生じるエアロゾルに含まれる結核菌を吸入することによって起こる空気感染(飛沫核感染)である。上述の新しい検査は従来の検査に比べ臨床検体に含まれる結核菌がエアロゾル化する操作が多く,検査技師の結核感染の危険性が高い。このため結核菌検査を安全に行うためには,安全キャビネット導入などの施設面での整備だけでなく結核に関する正しい知識を持って感染防止対策を講ずる必要がある。
 しかし,我が国には結核菌検査の安全対策に関する公的指針はない。そこで,日本結核病学会,日本臨床微生物学会ならびに日本臨床衛生検査技師会が共同で結核菌検査に関するバイオセ−フティマニュアルを作成した。このマニュアルが検査現場で広く利用され,我が国の検査施設等での結核感染防止に少しでも役立つことを切望する。
 2004年 5 月

日本結核病学会 抗酸菌検査法検討委員会
 委員長 高嶋 哲也



目 次

総 論 各 論 資 料
1. バイオセ−フティ指針 8. 検査材料の採取時の注意点 15. 標準予防策と感染経路別予防策
(1) バイオセ−フティについて (1) 喀痰 (1) 標準予防策
(2) 病原細菌のバイオセ−フティ (2) 気管支洗浄液,気管支肺胞洗浄液 (2) 感染経路別予防策
レベル (3) その他 16. 空気感染予防策のための
(3) 抗酸菌のバイオセ−フティレベル 9. 輸送,保存方法 防塵マスクフィットテスト
(4) 各バイオセ−フティレベルの (1) 院内の検査室で検査を行う場合 (1) 感度テスト
病原体の取扱いについて (2) 検査センタ−等に検査を依頼 (2) フィットテスト
附.ヒトに対する起病性別にみた培 する場合 17. 患者検体からの抗酸菌検出
養可能な抗酸菌 10. 微生物検査時における注意点 時の院内連絡ル−ト
2. 抗酸菌取扱いにおける基本的 (1) 院内検査を行う際の基本的条件 (1) 平日・日勤帯
な心得 (2) 検体受付 (2) 夜間・休日の場合
3. 安全キャビネット (3) 検体の前処理 18. 結核患者の届出方法
(1) 概要 (4) 塗沫標本,培養,同定検査, 19. 結核菌の感染菌量・感染経路
(2) 使用上の注意 薬剤感受性検査 (1) 感染菌量
(3) エアロゾル (5) 臨床分離抗酸菌株の保管 (2) 感染経路
4. エアロゾル対策 (6) 検査済み検体の保管および廃棄 20. 抗酸菌株の保存・維持・管理
(1) エアロゾルが発生する実験操作 (7) 防護具の脱着および廃棄方法 (1) 抗酸菌株の保存
(2) エアロゾル発生を少なくする (8) 作業終了時の注意点 (2) 保存菌株のリスト作成
ために役立つ操作法 11. 微生物検査以外の検査時の 21. バイオハザ−ドマ−クの標識
5. 病原菌の滅菌 注意点 22. 抗酸菌株の分譲および国内外
(1) 高圧蒸気滅菌と滅菌時間の設定 (1) 患者検体を扱う場合 への郵送
(2) 空の容器を高圧蒸気滅菌する時 (2) 患者自身を検査する場合(生理 (1) 菌株分譲を行うための要件
の注意事項 機能検査) (2) 抗酸菌株郵送の実際
6. 消毒および消毒薬の選択 (3) 剖検 附.検体輸送容器,マスク,手袋,
(1) 一般の細菌に対する消毒薬 12. 突発的な汚染事故に対する処置 予防衣(ガウン),ピペット
(2) 抗酸菌に有効な消毒薬 13. 緊急時におけるバイオハザ−ド 23. バイオセ−フティに関する
(3) 消毒薬の廃棄処理 対策 文献リスト
7. 紫外線灯の殺菌効果 (1) 火災対策
(1) 紫外線の性質と作用 (2) 地震対策
(2) 結核菌と非結核性抗酸菌に (3) 停電・強風・その他への対策
対する紫外線灯の殺菌効果 (4) 天災時に対する緊急・消毒態勢
(3) 実験室内における紫外線灯 14. 作業従事者の健康管理
使用上の注意事項

  

   
総 論   
 微生物検査を行う場合に守らなければならない一般的な注意を総論として整理した。これらの多くは「病原細菌に関するバイオセーフティ指針」(日本細菌学会,2002)1)に明記されており,微生物検査を実施する際に遵守すべき基本的な事項である。微生物の中でも特に結核菌は危険度の高い細菌であり,本書に準じ検査を進めるうえで,以下の事項には熟知していなければならない。
  
1.バイオセ−フティ指針   
 検査室でのバイオセーフティで問題となるのは,微生物による感染症である。バイオセーフティは職業上の安全を第一とする概念であるが,検査室で扱う病原体は一般社会環境へ伝播しやすいことから,公衆衛生面からも重要な意味をもつ。検査室では,患者検体,細菌の液体培養,固形培地上の集落,細菌の浮遊液などさまざまなものが感染源になるが,原則としていずれの場合にもそこに病原体が存在することがあらかじめ分かっている。病原体は,検査室内で発生したエアロゾルによって容易に人体内に侵入する。特に,結核は自覚症状が現れるまでの期間が長いために,バイオハザード対策の最も困難な病原体として位置付けられている。以下に示すバイオセーフティ指針は,結核菌などの危険度の高い病原体を扱う実験室(検査室)の安全を確保することを目的に定められた。
(1) バイオセ−フティについて
 
病原体取り扱い者にとって,バイオセーフティに関する重要事項は,検査室内における作業従事者の感染防止と,病原体を外に出さないことである。病原体によるバイオハザード,特に検査室内感染防止の第一は,病原体取り扱い実技の訓練と教育である。しかし,いかに取り扱いに熟練していても,エアロゾル感染,飛沫感染などは特別の配慮と設備なしには防止できない。したがって,病原体のバイオセーフティレベルを認識し,それぞれのレベルに応じた防止対策が必要になる。
(2) 病原細菌のバイオセ−フティレベル
 日本細菌学会の指針1)では病原細菌を危険度の低いほうから高いほうへバイオセーフティレベル1〜3の3群に分類し,それぞれの群に適用される取り扱い法を定めている。
@バイオセ−フティレベル1
 このレベルの菌は健康な成人に感染症を起こすことはまずないが,種々の原因で感染防御機能が低下した個体,すなわち易感染性宿主(compromised host)にいわゆる日和見感染症を起こす可能性があるものである。このような細菌種の数は今なお増えつつある。
Aバイオセ−フティレベル2
 
健康な成人に感染症を起こす能力をもち,その危険度が軽度ないし中程度であるものである。エアロゾル感染の危険性は高くないが,特に大量に発生した場合を中心に警戒が必要である。感染は主に事故(針刺しなど)による接種,粘膜や傷のある皮膚との接触,経口摂取によって起こる。
Bバイオセ−フティレベル3
 感染菌量が小さいため感染性が高く,重篤でしばしば致死的な感染症を起こすものである。エアロゾルが危険であり,人体への侵入はエアロゾルの吸入により経気道的に起こるものが多い。しかし病原体によっては,経口感染,結膜その他の経粘膜感染が重要で,エアロゾル発生による手指などの汚染が原因となることもありうると考えられる。
(3) 抗酸菌のバイオセ−フティレベル
 
非結核性抗酸菌のほとんどの菌種はバイオセーフティレベル2に分類され,結核菌群に属する5菌種はバイオセーフティレベル3に分類される(表1)。
附.ヒトに対する起病性別にみた培養可能な抗酸菌を表2に示した。■
(4) 各バイオセ−フティレベルの病原体の取扱いについて
 各バイオセーフティレベルの病原体を取り扱うには,以下のような条件のもとで扱うことが決められている。
@レベル1の病原体
 1.通常の微生物学実験室を用い,特別の隔離は必要ない
 2.一般外来者の立ち入りを禁止する必要はない
Aレベル2の病原体(非結核性抗酸菌の各菌種)
 1.通常の病原微生物学実験室を限定したうえで用いる
 2.エアロゾル発生の可能性のある実験は,生物学用安全キャビネットの中で行う
 3.作業中は一般外来者の立ち入りを禁止する
Bレベル3の病原体(結核菌群の各菌種)
 1.廊下の立ち入り制限,二重ドア(自動が望ましい)またはエアロックにより外部と離された実験室を用いる
 2.室内の壁,床,天井,作業台等の表面は,洗浄および消毒可能な材質・構造とする
 3.排気系を調節することにより,常に外部から室内に向かって空気が流れるようにする
 4.実験室からの排気は,高性能(HEPA)フィルターで除菌してから大気中に放出する
 5.実験は生物学用安全キャビネットの中で行う
 6.作業職員名簿に記載された者(または施設長に許可された者)以外の立ち入りは禁止する

  
2.抗酸菌取扱いにおける基本的な心得1)     
@検査室では,飲食,食物の保管,喫煙,化粧,コンタクトレンズの脱着・装着,顔面に手を触れる,指で目をこする,あるいは鼻前庭を指先でこする,などのことは絶対に行ってはならない
Aバイオセーフティレベルに応じて,従事者以外の者の検査室への立ち入りを禁止する
B検査室では,必ず専用の予防衣(液体を浸透させない材質のもの,布製は不可)を着用する。また,これらを着たまま検査室外に出てはならない
C病原体が付着している可能性のある物体,血液その他の検査材料,感染動物等を取り扱う場合には,必ず手袋を着用する。この場合,操作が終わった段階で手袋の表面は汚染されていると見なして対処すること。手袋を付けたままで他の操作に移ると,汚染を拡散させる危険がある。手袋を外す場合は,汚染面に手を触れないように注意する。手袋を外した後は石けんで手を洗うかまたは速乾性消毒薬で手指消毒を行う2)
D検体や菌を扱う場合は安全キャビネットの中で行う。結核菌はバイオセーフティレベル3の病原体であるので,結核菌検査はレベル3の病原体の取り扱いに準じて行うことが原則である。しかし,現実にはすべての施設がレベル3をクリアーすることは困難であるので,それぞれの施設において検査内容に応じた取り扱い指針と設備を設け,感染防止対策を適切に実施する必要がある。ただし,結核菌検査は少なくとも安全キャビネットを備えたレベル2以上の設備のもとで行わなければならない3)
E顔面の飛沫汚染あるいは受傷の恐れがある場合には,保護眼鏡,ゴーグル,マスク(結核菌検査ではN 95 マスク),顔面スクリーンなどを着用する(図5図6参照)
F作業計画の立案に当たっては,エアロゾル発生が最も少ない方法を最優先する
G口を使うピペット操作は厳禁である。菌液を吸う際に,ゴムキャップを装着した駒込ピペットやメスピペット,または軟質のプラスチック製チュー
ブ等を用いると,操作中,菌液が飛び出し,付近を汚染させてしまう危険性がある。ピペットで菌液を取り扱う操作では,菌液の吸引・排出を指で
微調節できる「電動ピペッター」あるいは「ゴム製の安全ピペッター(通称“ゴム球”)」を用い,作業の安全に心がける(図6参照)
H注射器のピストンを強く押して加圧するときは,針とシリンダーの接合部がロック式になったものを用いる。使用後の注射針の処理は,針刺し事故防止を配慮した安全な方法で行う。また,他の鋭利な器具の取り扱いにも十分な注意を払う
I液体培養や菌液を取り扱う際には,容器の破損,落下,転倒などの事故に備え,消毒薬を含ませたペーパータオル等を敷いたトレイの中で作業を行う
J汚染された物品は放置せず,いったん検査室内の一定の場所(例:「要滅菌(消毒)」と明示された場所)に置き,その後,廃棄または再使用に先立ち,必ず滅菌または消毒する。このことは,検査室内スタッフの安全確保のために特に重要である。また,消毒・滅菌のため他の場所へ運搬する必要があれば,丈夫な密閉容器に入れて行う
K作業台の表面は少なくとも1日に1回は消毒するとともに,病原体による汚染があったか,またはその可能性があると思われる場合には,そのつど直ちに消毒する
L各作業の終了時および,検査室を出るときには必ず消毒薬で手指を消毒する
M検査室は整頓し,清潔に保つとともに,不要な物品は置かないように努める
N検査室への昆虫,ネズミの侵入阻止には万全を期し,必要に応じて駆除を行う。また,ペットなど検査に無関係な動物を検査室に入れてはならない
O容器の破損・転倒などによる病原体の漏洩,病原体の吸入,誤嚥などの事故は必ず責任者に報告し,指示を求める。責任者は事故の処理を指揮するとともにその全容を調査し,文書として記録に残す

   
3.安全キャビネット   
 抗酸菌検査は安全キャビネットを備えた検査室で行わなければならない。安全キャビネットは危険な微生物を封じ込め,キャビネットの外に出さないよう設計されている。しかし,正しい使用法を用いないと汚染事故などを起こす危険がある。装置の原理をよく理解し,決められた使用法を守らなければならない。なお,安全キャビネットとよく似た装置にクリ−ンベンチがある。クリ−ンベンチは機械の内部の作業スペ−スは無菌になるよう設定されている。しかし,作業スペ−スで発生するエアロゾルなどは術者に向かって外部に漏れてくる。このようにクリ−ンベンチは無菌環境で作業が出来ても,作業者の安全を守る病原体などを機械の内部に封じ込める機能はない。クリ−ンベンチは決して微生物検査に用いてはならない。
(1)概要
 
安全キャビネットはアメリカのNSF(National Science Foundation)スタンダードNo.49 に規格化されており,これによると危険度の程度によりクラスT,U A,U B1,U B2,Vの5 種類に分類されている。わが国では社団法人日本空気清浄協会(Japan Air Cleaning Association:JACA)のスタンダードNo.16C にNSF と同様の考え方で規格化されている。安全キャビネットは,その基本構造により大きくクラスT,U,Vの三つのタイプに分類される。クラスTおよびUは作業開口部(物品と作業者の腕を出し入れする)から内部に向かう気流が存在し,内部で発生したエアロゾルが外部(作業者に向かって)漏れることを防ぐ仕組みになっている。この防護機能に関しては,両者の間に大差はない。両者の主な違いは,実験材料を空気中の雑菌による汚染から守る機能の有無にある。すなわち,クラスTのキャビネットでは前面開口部から入った空気が作業台の上を流れるが,クラスUでは除菌フィルター(HEPA フィルター)を通過した気流が作業台を洗い,一方,開口部から流入した空気は直ちに(作業台前後部で)下へ吸い込まれ,作業エリアとは別の経路に入り込み,HEPA フィルターで処理されてクリーンな空気になり,一部は作業エリアに供給され,一部はキャビネットの外部に排気される1) 4)〜11)
 このように,クラスUのキャビネットは@作業者の安全保護,A試料の保護,B相互汚染防止(作業エリアで試料間の汚染が起きないよう内部を循環する空気を滞りなく速やかに移動させる)の機能を有している。
 クラスVは完全密閉されたグローブボックス型のキャビネットで,高度の危険性をもつ試料の取り扱いに使用される。クラスTは作業エリアが外気で汚染されるので,微生物検査には使用できず,クラスUが最も広く使用されている。クラスUのうち,U A タイプは排気が室内放出型である。U B タイプでは,いずれも排気はダクト接続により屋外に排気される。また,U BタイプではU B3 タイプが最も普及している。結核菌検査室では,クラスUA よりもクラスU B の全排気型安全キャビネットを使用することが望ましい(図1)。
(2)使用上の注意
 
安全キャビネットの使用で大切なことは,設計で想定された空気の流れを乱さないことである。内部では電気バーナーを使用し,ガスバーナーの使用は禁止する。大きな物体,多くの物品を持ち込まない1) 5)〜10)。作業中はファンを止めてはならない。清潔物,汚染物の配置は気流方向を考慮のうえ,決定する。また,機内を清潔に保つため,消毒用アルコールなどで頻回に清拭する。
 作業中にキャビネット内を汚染させた場合は直ちに作業を中止し,開口部のシャッターを空気の流れが乱れない程度に閉める(約10cm 程度開放)。このとき,ファンは止めてはならない。キャビネット内の蛍光灯を消し,紫外線ランプを点灯させる。30 分程度経過したら,キャビネット内部の消毒や汚染物を取り出す。
 作業終了後はファンを作動させたまま蛍光灯を消し,紫外線ランプを点灯し,30 分程度保つ。
(3)エアロゾル
 
安全キャビネットを使うからといって,操作が乱暴になってはならない。エアロゾルの発生が多いと,たとえキャビネット外へのエアロゾルの漏出による呼吸器感染は防ぐことができても,キャビネット内での表面汚染〔特に手指(手袋),その他実験衣,ガラス器具,ピペット等々〕が増え,汚染物がキャビネット外に出たあと経口感染,結膜や鼻粘膜経由の感染につながる。安全キャビネットによる防護にも死角があることを忘れてはならない。

  
4.エアロゾル対策     
 結核菌の感染防止対策として最も重要なことは,エアロゾル対策であり,この発生の基本原理は,液面が破れること(泡の破裂もその一つ)である。一般にエアロゾルを作りやすいとされる混合操作でも,Vortex ミキサーで液面を乱さないように混合すれば,エアロゾルの発生頻度が低いことが証明されている。
 エアロゾル対策の第一歩は,エアロゾルが発生しやすい状況・操作を知ることであるが,その範囲は驚くほど広い。むしろ,エアロゾルが発生しない操作のほうが少ないと考えるべきであり,エアロゾルに無頓着な操作は厳に戒められるべきである。
 感染防止対策は,まず操作そのものをできるだけエアロゾル発生が少なくなるようにし,安全キャビネットを十分活用することである。同時に,検査室に入室する際は,@専用の作業衣に着替え,その上に予防衣を着用し,AN95 規格の高性能マスク(フィットテスト;「16」参照),および,B手袋の着用を義務付ける。
(1)エアロゾルが発生する実験操作
@白金耳を用いる操作
 最も基本的な白金耳操作も,重要なエアロゾル発生源となる。白金耳に付けた菌液を寒天平板へ塗抹する際や,菌液などの液体材料を付けたままの白金耳を火炎に挿入することでも,エアロゾルの発生が観察されている。特に,熱した白金耳を直ちに菌液に挿入して冷やすと,大量のエアロゾルが発生する。
Aピペット操作
 菌液を別の容器に移したり,菌液と希釈液を吸引と排出の反復で混和する操作でもエアロゾルの発生があり,特にピペットから最後の1滴を噴出することにより泡ができると著しく増加する。さらに,使用後のピペットを消毒液を入れた縦型または横置きの容器に捨てる際にも,エアロゾルの発生がある。
B遠心操作
 遠心操作は重要なエアロゾル発生源となりうる。すなわち,表面が菌液により汚染したローターの使用,遠心中の遠心管内容の漏洩または遠心管が破損した場合は大量のエアロゾルが発生する。
C注射器の使用
 菌液をゴムキャップ付きバイアルから注射器で抜き取る,菌液の入った注射器を逆さに持って気泡を追い出すなどの操作は,エアロゾルを大量に発生させる。
D超音波処理
 非密閉型の装置で超音波照射を行うと,大量のエアロゾルが発生する。
Eホモジネイト操作
 組織などをホモジナイズする操作では,処理後,ふたを取ると大量のエアロゾルが放出されるが,ふたの構造によっては運転中にも,エアロゾルの漏洩がある。これは最も危険な操作の一つである。また,乳鉢による摩砕も同様である。
F凍結乾燥菌体の処理
 乾燥菌体の入ったアンプルを折って開封する操作でも,エアロゾルが発生する。
Gその他
 遠心した菌液の上清を他の容器に移し替える,培養液の入った試験管やフラスコの栓を外す,菌液と溶解寒天培地をペトリ皿の中で混和(混釈培養)するなどの操作でもエアロゾルが発生する。
(2)エアロゾル発生を少なくするために役立つ操作法
@ピペットから一定量の菌液を排出するとき,吹き出し型をやめ中間目盛ピペットを使用し,先を宙に浮かせず器壁につけるか液中に入れる
A大きなループの白金耳は,液膜がはじけてエアロゾルが発生しやすいので使用しない
B弾性が強すぎる針金で作った白金耳は,寒天培地への塗抹の際エアロゾルを作りやすいので使用しない
Cエアロゾルではないが,結核菌(抗酸菌)のように脂質の含有量の多い菌の菌塊が付いた白金耳を直接火炎に挿入すると,菌塊がはじけて飛散する。これを防ぐには,ネジぶた付きの広口ビンまたは三角フラスコに砂または直径2〜4mm のガラスビーズを5cm 位の深さに入れ,消毒用エタノールを砂やガラスビーズの上層3cm 位まで満たしたものを実験台に用意しておき,菌が付着した白金耳をその中に差し込んで菌をこすり落としてから火炎に挿入するとよい。一般の菌液についてもこの方法を採用すれば,エアロゾルの発生を防ぐことができる。エタノールは引火性,発揮性であるのでこの代わりに5%のフェノールやクレゾールを用いてもよい1) 11)
D白金耳の焼灼に,カバー付きバーナーまたは電気焼灼器(電気バーナー)を用いる
E多数の試料を扱う場合には必要数の滅菌白金耳(またはディスポーザブル製品)を用意することにより,安全かつ作業効率を上げることができる
F注射器でゴムぶた付きバイアルから菌液を吸引したのち,針を引き抜く操作の際にアルコール綿で刺入部を覆う
G菌液を入れた注射器を逆さにして気泡を除く際に,アルコール綿で針先を覆う
H凍結乾燥菌体の入ったアンプルを折って開封するときにも切断部分をアルコール綿で覆う
I遠心操作は,「バイオハザード対策の施された遠心機」を使用する(図2)。

  
5.病原菌の滅菌     
 「滅菌」とはすべての微生物を完全に殺滅することである。熱または化学薬品に最も抵抗性が強いのは細菌の芽胞であり,滅菌は芽胞も完全に殺菌する方法である。エチレンオキサイドガスやガンマ−線照射などを用いた滅菌法もあるが,日常的には高圧蒸気滅菌が最も頻用されるので十分習得しておく。高圧蒸気滅菌は自動化されており,そのため原理の理解が不十分なまま機械的に操作して思わぬ失敗を招くことがある1)
 「滅菌」とはすべての微生物を完全に殺滅することである。熱または消毒薬に最も抵抗性が強いのは細菌の芽胞であり,滅菌は芽胞も完全に殺菌する方法である。エチレンオキサイドガスやガンマー線などを用いた滅菌法もあるが,日常的には高圧蒸気滅菌が最も頻用されるので十分習得しておく。高圧蒸気滅菌は自動化されており,そのため原理の理解が不十分なまま機械的に操作して思わぬ失敗を招くことがある1)
(1)高圧蒸気滅菌と滅菌時間の設定
 
検査終了後の材料,器具および容器は標準条件の121℃,20 分間高圧蒸気滅菌器で滅菌する。ただし,熱容量の大きな物体(例えば大型フラスコに満たした大量の液体培地や卵培地)を缶内に入れると,熱容量の大きな物体の温度はなかなか上がらず,内圧が2気圧になっても容易に121℃に達しない。どうしても大量のものを一度に滅菌したいときは,時間を延長する必要がある。液量が2リットル程度の場合は30 分,5リットル以上の場合には40 分間高圧蒸気滅菌する。
(2)空の容器を高圧蒸気滅菌する時の注意事項
 
空の容器の底には空気が残留するため温度上昇が不十分になりやすく,特に口の小さい容器やふた付き容器(ふたは緩めるのが原則)で著しい。そのため,空容器には少量の水を入れておくのがよい。ただし,シリンダー等の大型容器に滅菌物を入れて使用した後,高圧蒸気滅菌器にかける場合には,その容器に十分な量の水(例えば1リットル)を入れることが推奨されている。

  
6.消毒および消毒薬の選択(表3表4)     
 「消毒」とは感染の危険がほとんどなくなるまで病原微生物を不活化する処置をいう。消毒は滅菌と比較して温和であり,芽胞の不活化はまったくできないか,たとえできても不十分である。また,熱処理でも100℃またはそれ以下の温度であれば,たとえ数時間加熱しても芽胞は死なないため滅菌ではなく,消毒である1)
 ふつう消毒は消毒薬により行われる。消毒薬には多くの種類があり,微生物に対する有効範囲が一様でなく,また人体に応用できるものとできないものがある。万能消毒薬は存在しないので,目的に応じて適切な消毒薬を選択する必要がある1) 5) 8) 12) 13)
(1)一般の細菌に対する消毒薬
@消毒薬に対する細菌の抵抗性
細菌を消毒薬に対する抵抗性から大まかに分け,強いものから順に並べると,「芽胞を形成している細菌」,「結核菌およびその他の抗酸菌」,「一般細菌」となる1)
A消毒薬の種類と殺菌力の強弱
 消毒薬の殺菌力の強さを表す目安として,アメリカでは「高水準(high)」,「中水準(intermediate)」,「低水準(low)」という分類が使用されている。大まかに言えば,「高水準」は上記のスケールで最上位の芽胞でも時間をかければ不活化可能,「中水準」は芽胞を不活化できないが抗酸菌には有効,「低水準」は無芽胞細菌に有効,ウイルスには無効,という目安である。
 検査室では例外的なケースを除き,「高水準」に属する薬剤が必要な場合はほとんどなく,実際には「中水準」以下で十分であると考えられる1)
 <高水準>……グルタールアルデヒド,フタラール,過酢酸
 <中水準>…… 消毒用アルコール類,フェノール系,塩素系,ヨウ素系消毒薬
 <低水準>……両性界面活性剤,クロルヘキシジン,逆性石けん液
(2)抗酸菌に有効な消毒薬
 抗酸菌に有効な消毒薬は意外に少なく,選択の幅が狭く限られている。また,消毒薬の選択に当たっては刺激性が少なく皮膚に使用できるかどうかも重要な要素になる。抗酸菌に有効で皮膚に使用できる消毒薬は,エタノール系,ヨウ素系に限られる。次亜塩素酸ナトリウムなど塩素系の消毒薬は金属に対する腐食性が強く,抗酸菌に対して効果がやや弱い。「消毒薬の抗微生物スペクトル」,結核菌の消毒を目的とした対象別の主な消毒薬の濃度および作用時間をそれぞれ表3表4に示した12)
@消毒用アルコ−ル類
 アルコール類の殺菌作用には水分の存在が必要であり,エタノールは普通70 〜 80%濃度で使用されるが,この濃度範囲では殺菌効果に大差はなく,50%以下の濃度では殺菌作用が急速に低下する。培養した結核菌に対する70%エタノール水溶液の殺菌作用時間は約5分程度と言われている14)。刺激臭があるがイソプロパノールの50%水溶液もエタノールの70%水溶液と同等の消毒効果がある15)。他方,メチルアルコールは殺菌作用が弱く,毒性が強いために常用の消毒薬として使用されることはない。エタノールの沸点78.3 ℃,イソプロパノールの沸点82.7℃で,いずれも引火性の物質なので清拭時の引火に注意する。アルコール類による消毒の作用機序は微生物のタンパク変性または凝固である8) 13)
Aフェノ−ル系消毒薬
 フェノール系消毒薬としては石炭酸とクレゾール石けん液があり,作用機序は細菌細胞壁の破壊と細胞質のタンパク変性である。いずれも排水規制のために現在,使用されていない。しかし,結核菌に対し殺菌力が強く,結核予防法でも結核菌の消毒薬として認められているので記載しておく。使用する場合は必要最小限度の使用に留めるべきである。
a)フェノ−ル(石炭酸:C6H6O)
 フェノールは消毒薬の中で最も古くから使用され,有機物存在下でも安定した消毒効果が得られるが,特有な臭気と皮膚刺激性,組織毒性があるため皮膚消毒には使用できない。フェノールは細菌のタンパク質を凝固・変性させて殺菌する8) 13)。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,1〜2%フェノール水溶液で5分前後,5%水溶液では30 秒〜1分で死滅させる11)。一般的な使用濃度は1〜5%とされている8) 12) 13) 15)。フェノールは強力な殺菌力を有する反面,人体にも有毒なので,実験室で常用する消毒薬としては不適切であり,必要最小限度の使用頻度に留めなくてはならない(排水規制)。
b)クレゾ−ル(C7H8O)
 クレゾールには3種類の異性体があるが,殺菌作用にはほとんど差がない。クレゾールはフェノールよりも強い殺菌力をもつが,難水溶性なので石けんと混和して易水溶性にしたクレゾール石けん液(saponated cresol solution)が用いられる8) 13)。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,0.5%クレゾール石けん水溶液で60 分,1%で45 分,2%で10 分,5%水溶液では5分で死滅させる14)。常用濃度は一般に1〜3%とされている8) 12) 13) 15)。クレゾール石けん液もフェノールと同様に,実験室で常用消毒薬として使用してはならない(排水規制)。
B両性界面活性剤
 両性界面活性剤(アルキルジアミノエチルグリシン)は結核菌に対して有効な数少ない消毒薬の一つだが,フェノールよりも効果が落ちるため,常用濃度(0.2 〜 0.5%に希釈)と作用時間(120 分以上接触または浸漬)に注意しなくてはならない8) 13)本消毒薬は結核菌に対しあまり強くないので,結核菌検査に用いた器具など汚染が激しいと考えられるものでは,さらに高圧蒸気滅菌処理を施してから廃棄するとよい。両性界面活性剤では,陽イオンが活性能をもち,微生物細胞膜の変性を起こし,陰イオンは洗浄力を持つ8) 13)
Cアルデヒド類
 a)グルタ−ルアルデヒド
 アルデヒド基(-CHO)は細菌タンパクの活性基と反応し,強いタンパク凝固作用を起こすために,強力な殺菌作用を示し,その他,DNA 合成阻害,細胞壁の障害作用もある。消毒用アルデヒドとして用いられているのはホルムアルデヒド(CHOH)とグルタールアルデヒド〔OHC(CH2)3 CHO〕であるが,ともに特有の臭気があり,目や気道粘膜を刺激する。殺菌力はアルデヒド基の化学的活性が増すアルカリ性のほうが強い8) 13)
 病院等で「使用後の内視鏡の消毒洗浄処理」に用いられるのは,3〜3.5%グルタールアルデヒドのアルカリ性水溶液の中に1時間以上浸漬する方法である。グルタールアルデヒドのアルカリ性水溶液は約2週間継続して使用可能とされているが,使用直前に緩衝化剤(重炭酸ナトリウム)を添加した後は溶液が不安定となり,消毒薬としての抗微生物活性が経時的に低下する。1週間に1回,新しい消毒液を調製して使用するのが望ましい8) 13)
 消毒薬として一般に常用されるグルタールアルデヒドの濃度は2 〜 2.25%であるが,この濃度では一部の非結核性抗酸菌(M.abscessus , M.chelonae 等)に対する殺菌効果が不十分な場合のあることが知られている(結研では3 〜3.5%濃度で使用)。
 b)「ホルマリン薫蒸」による実験室全体の消毒
 実施頻度は少ないが,バイオハザード実験室の空調設備や電気設備の点検・修理または高性能フィルター(HEPA フィルター)交換の場合には,工事の前後に「ホルマリン薫蒸」による室内の消毒が行われる。「ホルマリン薫蒸」の実施要領は,「3×6× 2.5m(W × D × H)」について,(a)「局法ホルマリン水1.8l と過マンガン酸カリウム900g」を耐熱性容器に入れ,ホルムアルデヒドガスを発生させる。または,(b)「2倍希釈局法ホルマリン水1.8l」をホルムアルデヒドガス発生器に入れて,ホルムアルデヒドガスを発生させる。薫蒸中はガスの漏洩を防ぐため実験室ドア周囲の隙間はガムテープ等で密封する。 (a), (b)ともにホルムアルデヒドガス発生後は24 時間以上,実験室を密封状態のままで放置し,その後に換気して室内を洗浄する15) 16)
 c)フタラール製剤
 フタラールはオルトフタルアルデヒドと呼ばれ,アルデヒド系の消毒薬であり,わが国では2001 年11 月に発売された。本剤は高水準消毒薬に属し,軟性内視鏡消毒薬としてアメリカ消化器内視鏡看護者協会(SGNA)などで推奨されている。フタラールは脂質に富んだ細胞壁に取り込まれやすく,抗酸菌を含む各種栄養型細菌,真菌に対し迅速に殺菌力を発揮する。各種ウイルスにも迅速に不活化作用を示す。ただし,細菌の芽胞を殺菌するためには時間を要し,0.43%の濃度では10 時間で殺菌されたとの報告がある17)。本剤は有機物と反応して着色する性質があり,このため医療器具類に着色を認める場合がある。衣服に付着した場合は黒色様に着色し,洗濯・漂白を行っても落ちない場合がある。
D過酢酸(エタンペルオキソ酸)
 過酢酸は,わが国においては2001 年10 月に承認された新しい消毒薬である。内視鏡などの,医療器具の消毒に用いられるグルタールアルデヒドに代わる消毒薬として注目されている。過酢酸は希釈や加熱などにより分解し,過酸化水素と酢酸を生ずる。過酸化水素はO2 と水に,酢酸は微生物の作用によりCO2 に分解される。本剤はグルタールアルデヒドよりも短い作用時間で微生物を殺菌し,しかも毒性が弱く,環境汚染の影響も少ない消毒薬といえる。また,グルタールアルデヒドに抵抗性を示す一部の抗酸菌も短時間で殺菌するとされている。有機物の存在下でも有効である18)
E即乾性消毒薬
 速乾性消毒薬は消毒薬を水溶液ではなくアルコール溶液とした製剤で,手指消毒薬として広く用いられている。アルコールは速効的に微生物を殺菌し,抗微生物スペクトルも広い。しかし,持続性が期待できないため,消毒薬を添加することでこの作用をもたせた。速乾性消毒薬は手指消毒に使用するものと,手術部位の皮膚消毒に使用するものとに分けられる。手指消毒用は手荒れ防止にエモリエント剤が含まれているものが多く,一方,手術用はこれを含まない19)。CDC では流水と石けんによる手洗いを勧告してきたが,手指に目に見える明らかな汚染がない場合は,この手洗いの代わりに速乾性消毒薬による手指消毒を推奨している。
(3)消毒薬の廃棄処理
@手洗いの排水の滅菌処理
 バイオハザード実験室の日常の手洗い等による(消毒薬を含む)排水は,自動的に専用の貯留タンクに集められ,定期的に高圧蒸気滅菌を施して廃棄処理できれば理想的である。
A使用済み消毒薬の廃棄処理
 消毒薬によっては使用済みの液は,そのつど,特定の専用容器に移して貯留・密封し,廃棄物の専門業者に処理を依頼しなくてはならない20)。また,バイオハザード実験室で使用した「有毒な有機溶媒や薬物」等を廃棄処理する場合にも,同様の措置が必要となる。

  
7.紫外線灯の殺菌効果     
(1)紫外線の性質と作用
 紫外線の殺菌作用は260nm 付近の短波長が最も強い。市販の殺菌灯は,253.7nm 付近の波長を照射できる。殺菌灯の構造は蛍光灯と類似しているが,灯管には石英ガラスを使用している。殺菌線量は放射照度(μW/cm2)に照射時間(分,秒)を乗じて表す。
 殺菌灯と被照射体の距離が離れたり,低温下では照射エネルギーが低下する。紫外線は直進作用があり,物体の内部には透過しない。したがって,紫外線は表面殺菌の効果しかない。安全キャビネット(クラスU)に殺菌灯を用いるときは,放射照度40μW/cm2 が必要とされている(NSF 基準)。紫外線灯の殺菌効果は十分信頼しうるものと考えられるが「効果は照射距離の2乗に反比例する」ので,なるべく対象に近づける必要がある7)。
 殺菌灯は室温20℃で無風時にランプ表面が約40℃となり,殺菌効果が良く,相対湿度が60 〜 70% RH(relative humidity)になると殺菌効果が低下する。これ以下では変動は少ないとされている8)。
 紫外線の殺菌作用は,分子の励起によって不平衡状態ないしは反応性増大の状態になり,微生物の核タンパク質構造が変化し死滅すると考えられている。同時に,紫外線は微生物細胞の染色体上で“不可逆性のcyclobutane型・thymine 2量体”を形成させて,遺伝的変異を惹起することにより殺菌作用を示すことも知られている。
(2)結核菌と非結核性抗酸菌に対する紫外線灯の殺菌効果
 結核菌も他の細菌と同じく,太陽光線中の紫外線に対しては比較的抵抗力が弱い。しかし,紫外線は水やガラスに吸収されるので,菌浮遊液による実験の場合は液層や液量,濃度が問題となる。
 喀痰中の結核菌については古くから多くの成績があるが,喀痰をできるだけ薄く塗りつけた場合,2〜3時間から7時間の直射日光曝露で死滅するとされている。したがって,衣類や寝具の滅菌は日光消毒によるのが最も簡便確実である(患者の用いたものは表裏を半日ずつ強い直射日光に当てれば十分滅菌の目的は果たしうる15))。
 室内の消毒を目的として紫外線灯を殺菌灯として用いるのは効果的であり,できれば近接移動照射が可能であれば効果はより確実である。ただし,遮蔽物の陰になる部分では効果がないので,その点に留意する必要がある。
 市販の殺菌灯は10W 50cmの距離で,液層5mmの0.1mg/mlの結核菌は3分で培養不能となり,同じく10W 75cmの距離で,ガラス管中の1mg/mlの結核菌は10分で全く集落の形成が認められず,1分ごとに培養してみると対数直線で生菌単位数が減少したとの報告がある。他方,紫外線の抗酸菌に対する殺菌効果は,結核菌ないし哺乳動物の抗酸菌種に強く,自然界由来の抗酸菌では弱いことが知られている15)
(2)結核菌と非結核性抗酸菌に対する紫外線灯の殺菌効果
 結核菌も他の細菌と同じく,太陽光線中の紫外線に対しては比較的抵抗力が弱い。しかし,紫外線は水やガラスに吸収されるので,菌浮遊液による実験の場合は液層や液量,濃度が問題となる。
 喀痰中の結核菌については古くから多くの成績があるが,喀痰をできるだけ薄く塗りつけた場合,2〜3時間から7時間の直射日光曝露で死滅するとされている。したがって,衣類や寝具の滅菌は日光消毒によるのが最も簡便確実である(患者の用いたものは表裏を半日ずつ強い直射日光に当てれば十分滅菌の目的は果たしうる14))。
 室内の消毒を目的として紫外線灯を殺菌灯として用いるのは効果的であり,できれば,近接移動照射が可能であれば効果はより確実である。ただし,遮蔽物の陰になる部分では効果がないので,その点に留意する必要がある。
 市販の殺菌灯は10W 50cm の距離で,液層5mm の0.1mg/ml の結核菌は3分で培養不能となり,同じく10W 75cm の距離でガラス管中の1mg/mlの結核菌は10 分で全く集落の形成が認められず,1分ごとに培養してみると対数直線で生菌単位数が減少したとの報告がある。他方,紫外線の抗酸菌に対する殺菌効果は,結核菌ないし哺乳動物の抗酸菌種に強く,自然界由来の抗酸菌では弱いことが知られている14))。
(3)実験室内における紫外線灯使用上の注意事項
 紫外線は人体に対し,目や皮膚に障害(白内障,紅斑症など皮膚炎)を起こす。このため,点灯中は保護眼鏡着用,露出皮膚を覆うなどの点に注意する。また,安全キャビネット,作業室では使わないときだけ殺菌灯を点灯する方法が良い。バイオハザード実験室内には必ず紫外線灯を常備し,バイオハザード実験室内および安全キャビネット内の紫外線灯は,作業終了後,かならず点灯する8))。
 紫外線灯の標準的な有効照射時間は約2,000 時間とされており,殺菌灯の放射照度は紫外線メーターで点検することができる。規定照度の70%以下に低下したときは新品と交換する。殺菌灯の表面が汚れると殺菌効果が低下するので,95%エタノールまたは希釈アンモニア水で湿らせた布で1〜2週間ごとに清拭するとよい。
 殺菌灯の中にはオゾンを二次的に発生するものがある。バイオハザード実験室内では,「オゾンレスの殺菌灯」を使用するのが基本である8))。

   
各 論   
8.検査材料の採取時の注意点     
(1)喀痰
 自発喀出痰あるいは誘発痰のいずれであっても,強い咳とともに喀出するので,大量の飛沫が発生し,これが感染源になる恐れがある。それゆえ,病院の外来など混雑している場所での喀痰採取は厳禁である。結核菌は空気感染するため,戸外換気のできる個室で喀痰を排出し,採痰後は十分換気を行う。個室(採痰ブースなど)は陰圧空調を整えておくことが望ましい。外来に適当な採痰場所がない場合は,自宅で早朝起きがけに採取した喀痰を持参してもらう。医療従事者が採痰指導や理学療法的手法の介助を行う場合は,マスク(N95 規格),手袋,予防衣(水を通さない材質,布製は不可)を着用する。
(2)気管支洗浄液,気管支肺胞洗浄液
 
喀痰が得られない場合は,気管支鏡を用いて気管支洗浄液,あるいはBALF を採取することがある。気管支鏡検査の術者および介助者は,N95 マスク,手袋,予防衣を着用する。検査終了後は防護具の脱着は正しい順序で行う。器具,内視鏡室を洗浄・消毒する場合もN95 マスク,手袋,予防衣を着用する。気管支鏡の除殺菌・洗浄に関して,グルタールアルデヒドを始めとする消毒薬に耐性の迅速発育菌(M.abscessus , M.chelonae , M.fortuitum )が存在することを念頭においておく必要がある。これらの菌は,日和見感染症の起炎菌として注意が必要である。
(3)その他
 その他の検査材料として,胃液,血液,尿,便,体腔液,組織など,さまざまな材料が検体となりうる。N95マスクを着用し,できるかぎりエアロゾルの発生を抑える採取法を選択することが原則である。
(3)その他
 
その他の検査材料として,胃液,血液,尿,便,体腔液,組織など,さまざまな材料が検体となりうる。N95 マスクを着用し,できるかぎりエアロゾルの発生を抑える採取法を選択することが原則である。

  
9.輸送・保存方法     
 病室または外来から検査室へ検体を搬送する場合は,必ず検体搬送用ボックスを用いる。院内の検査室で検査を行う場合と検査センターなどへ検査を依頼する場合に区別される。
(1)院内の検査室で検査を行う場合
 
@検体採取容器は頑丈で,検体が漏れないよう密閉でき,内容が確認できる透明な滅菌容器がよい。検体は「抗酸菌検査用検体」であることが分かるようにする
 A塗抹標本で輸送する場合は,シャーレや専用のスライドケースなどに収納する
 B検体は可及的速やかに検査室まで搬送する。遅くとも採取後2時間以内に微生物検査室に検体を搬送する。直ちに検査できない場合は,4℃で保存する
(2)検査センタ−等に検査を依頼する場合
 
@検査センターに依頼するまでの保存方法は,病院検査室内で検査を行う場合に準じる
 A同定検査や薬剤感受性検査を依頼する場合には,抗酸菌が発育している小川培地または液体培養ボトルが輸送中に破損しないよう十分注意する。輸送容器は二重容器で,万一,輸送途中に培地や検体容器が破損した場合にも外部に漏れないようにする
 B郵送する場合は,「22「抗酸菌株の分譲および国内外への輸送」」を参照

  
10.微生物検査時における注意点     
 結核症が疑われる検体を微生物検査室で取り扱う場合には,以下の院内検査を行う条件を満たさなければならない。さらに注意すべき点は,結核以外の呼吸器感染症を疑って喀痰などの検体が提出された中にも結核菌が含まれている可能性があり,標準予防策の概念に従い,微生物検査に提出されたすべての検体の取り扱いには最善の注意を払う必要がある。したがって,微生物検査室にはバイオセーフティ対策上の観点から安全キャビネット(クラスU以上)の設置が必須である3))。院内で結核菌検査が実施できない場合は,外部委託検査機関に検体を輸送することになる。その場合は,9「輸送・保存方法」に準ずる。
(1)院内検査を行う際の基本的条件
@安全キャビネット(クラスU以上)があること
A遠心操作の必要がある検査は,バイオハザード対策用遠心機の設備があること
B検査者は感染防止のため,N95 マスク,手袋,予防衣を着用する(図5図6参照)
C検体などが飛散する危険がある場合は,必要に応じゴーグル,キャップ,シューカバーを着用する
*上記の設備がない場合は,上記の設備を備えた検査センターなどに検査を依頼する
(2)検体受付
@受付者はN95 マスク,手袋,予防衣を着用する。予防衣は防水性ガウンを用いる
A検体容器の破損や検体の漏れ等がないことを確認する。万一,漏れを発見した場合は,その搬送容器の内部を消毒する
B受付番号や材料の外観等を記録する
C受付作業終了時,作業台は消毒薬(消毒用エタノールなど)を浸したペーパータオルで拭き取る
Dコンピュータ端末機のキイボード,マウスの表面などはアルコール綿で消毒する
(3)検体の前処理
 
@検体の遠心
遠心に用いる遠心管は,必ず使用の前に傷やひび割れなどがないことを確認しておく。検体の遠心は,バイオハザード対策用遠心機を使用する。遠心後のバケットの開封は,安全キャビネット(クラスU以上)内で行う。万一,遠心管が破損していた場合は,遠心機内とバケットなどを消毒用エタノールなどで厳重に消毒する。
A喀痰の均等化,組織のホモジナイズなど
 以下の操作はすべて安全キャビネット(クラスU以上)内で行う。喀痰均等化時のボルテックスミキサーによる撹拌操作,組織のホモジナイズなどは密閉容器の中で行う。エアロゾルによる汚染を防ぐため,均等化後は直ちに容器を開封してはならない。20 〜 30 分放置してから開封する。使用済みピペットやピペットチップ類,遠心上清などは,高圧蒸気滅菌後に廃棄する
(4)塗沫標本,培養・同定検査,薬剤感受性検査
 
塗抹標本の作製,培養・同定検査,薬剤感受性検査は,安全キャビネット(クラスU以上)内で行う。液体培養や菌液を取り扱う際には,容器の破損,落下,転倒などの事故に備え,消毒薬を含ませたペーパータオル等を敷いたトレイの中で作業を行う。病原体が付着している可能性のある物体,血液その他の検査材料などを取り扱う場合には,必ず手袋を着用する。この場合,操作が終わった段階で手袋の表面は汚染されていると考えなければならない。他の操作に移る場合は手袋を外してから行う。手袋の外し方は汚染された表面を包み込むように裏返して外す。手袋を外したら手洗い,または速乾性消毒薬で消毒する。
@塗沫標本の作製
 塗抹標本の作製は安全キャビネット内で行う。火炎滅菌によるエアロゾルの発生を防ぐために,ディスポーザブルの白金耳を用いて均等化した検体から塗抹標本を作製し,火炎滅菌せずに直接消毒薬を入れた汚物缶に捨て,まとめて高圧蒸気滅菌後に廃棄する。なお,ニクロム線の白金耳を用いる場合は「4(2)エアロゾル発生を少なくするために役立つ操作法C」を参照のこと。
 作製した塗抹標本は,安全キャビネット内で自然乾燥させた後,メタノールで固定するか,もしくは病理組織用のパラフィン伸展器を用いて固定すれば,バーナーによる火炎固定をする必要はない。
A培養・同定・感受性・遺伝子検査
 培養・同定も原則的に安全キャビネット内で行う。前処理検体を培地へ接種する場合は,できるだけエアロゾルの発生を抑えるようにピペット操作に注意する。培養陽性菌株の染色確認時や同定などの検査を引き続き行う場合には,培地のキャップを開閉する操作が必要となるが,キャップの裏側や培地中に気泡がないことを確認し,エアロゾルを発生させないように注意する。
 同定と薬剤感受性検査は濃厚な菌液を用いるので,エアロゾル対策が非常に重要である。同定には生化学的性状を利用するものと,遺伝子を利用するものに分けられるが,前者は活性の純培養菌を用いるので,すべての操作は安全キャビネット内で行い,後者は培養菌を溶菌した時点で感染性がなくなるため,抽出された遺伝子は安全キャビネット内で操作する必要はない。遺伝子検査を実施する場合は,基本的に試薬調製/ 増幅準備室,検体処理室(要安全キャビネット),増幅産物測定室の三つの遮断された部屋が用意できれば理想的である。各部屋で使用する装置,器具,作業衣などは専用とする。
 薬剤感受性検査は接種菌液の調製が重要で,いかに均等な菌液を調製することができるかによって成績が大きく異なる場合がある。結核菌などの抗酸菌の特性上,均等な菌液を調製することは容易ではなく,検査者の熟練した技術を要する。原則的に均等な菌液を調製するには,物理的に菌塊をすりつぶすことが一般的に行われている。非常に危険を伴う作業のため,できるだけガラスビーズなどを入れてVortex ミキサーで激しく撹拌するような作業は避けたほうがよい。液体培地に菌塊を入れ,一夜35℃で培養後,滅菌綿棒を使用し試験管壁に菌塊をこすりつけることにより容易に菌液調製が可能であり,エアロゾルの飛散が少なくて済む。
 万一,安全キャビネット内や検査室内で菌株容器の破損や大量のエアロゾルが発生する事故が生じた場合については,「12「突発的な汚染事故に対する処置」」「13「緊急時におけるバイオハザ−ド対策」」を参照のこと。
(5)臨床分離抗酸菌株の保管
 
臨床分離抗酸菌株は決められた場所(冷蔵庫など)に,外部への汚染を避けた方法(試験管台に立てて密閉できる缶に入れるか,または密閉できるプラスチック容器に入れる)でかぎをかけて保管する。これらの菌株の室外持ち出しは原則として厳禁とする。臨床分離抗酸菌株は使用回転が速く常時破棄されていくが,これらの保存期限終了後はその日のうちに滅菌を済ませるのが原則であり,それが不可能な場合には「未滅菌」の標識を明示し,安全性を確認してから翌日に滅菌する。こうした措置は,夜間などにおける火災,地震などの災害対策にも必要で,抗酸菌の逸出を防止するための社会的責任でもある。結核菌の発育した培地など,濃厚な生菌を含むものの高圧蒸気滅菌は通常の滅菌条件よりも長時間行うほうがよい。滅菌器の大きさにより条件が変わるが,通常のものでは121℃,2気圧,30 〜 40 分間行う。
(6)検査済み検体の保管および廃棄
 
感染症法の改正に伴い,結核菌(多剤耐性菌を含む)はその規則対象となり,厳格な管理体制が義務付けられる。詳細は,感染症法の管理規則を参照のこと。
@検体は検査が終了するまでは4℃で保管(1週間以上の検体保管は-60℃以下)し,成績提出後は高圧蒸気滅菌で滅菌後廃棄する。ただし,検体の取り扱いは規則対象外である
A消毒薬に浸漬した使用済みの器具などは高圧蒸気滅菌を行った後に廃棄する
B塗抹標本などのスライドガラス類は,高圧蒸気滅菌後に廃棄する
C使用済み培地で菌の発育が見られなかったものは,高圧蒸気滅菌後に廃棄する
(7)防護具の脱着および廃棄方法
@手袋を外す。手袋の表面を包み込むようにして裏返す
A速乾性消毒薬で手指を消毒する
B使い捨てガウンを脱ぎ,汚染部分(表の正面部分)を包み込み,裏面(清潔部分)が表に出るようにたたむ
C N95 マスクを取る
D衛生手洗いを行うか,または速乾性消毒薬で手指を消毒する
E N95 マスク,手袋,ガウンは高圧蒸気滅菌後に廃棄する
(8)作業終了時の注意点
@安全キャビネット内での作業を終了,または中断してキャビネットから両手を抜き出し,次の動作に移る際には消毒用アルコール等で手袋の上から両手を十分に消毒してから安全キャビネットを離れる
A安全キャビネットを使用後は,必ず消毒用エタノールなどの消毒薬でキャビネット内部を消毒し,殺菌灯をつけておく
B退室時は手袋を脱いで,手指の消毒を行う
Cバイオハザードの領域から出るときは,「殺菌灯を点灯」してから退出する

  
11.微生物検査以外の検査時の注意点     
 微生物検査以外の検査は血液,臨床化学,免疫学的検査などのように患者検体を検査する検査と,心電図や脳波などの生理検査のように直接患者を検査する場合に分けられる。
(1)患者検体を扱う場合
 患者検体は感染性の危険のあるものとして扱い,標準予防策が適用される。したがって検体の取扱いは微生物検査の場合に準ずる。
(1)患者検体を扱う場合
患者検体は感染性の危険のあるものとして扱い,標準予防策が適用される。したがって,検体の取り扱いは微生物検査の場合に準ずる。
検体受付
前項「10「微生物検査時における注意点」に準じる。
@受付担当者は手袋を着用し,検体容器の破損や検体の漏れがないことを確認する
A万一,検体容器の破損や検体の漏れ等があった場合には必要に応じて消毒を行い,細菌検査担当者に連絡する
(2)患者自身を検査する場合(生理機能検査)
@結核患者(または結核疑い患者)で生理機能検査を実施する場合には患者にはサージカルマスクを着用してもらい,検査担当者はN95 マスクを着用する。患者の測定が終了した後,室内の窓を開けるなど換気を行う
A肺結核患者の喀痰など気道分泌物に触れた場合は手指消毒を行い,直ちに石けんと流水で衛生手洗いを行う(その他,腸結核患者では便,腎結核では尿が対象となる)
B患者の気道分泌物などでリネン類が汚染された場合には汚染部位を消毒薬で十分消毒し,新しいものと交換する
(3)剖検
 
病理解剖に関する一般的な感染防止対策については,標準予防策の概念に従って実施すればよい。詳細については,文献を参照されたい20) 21)。ここでは,特に活動性肺結核症の剖検における結核菌感染防止対策に必要な項目を以下に示す。
@カルテやX線写真などは剖検室に持ち込まない
A見学者の立ち入りを原則として禁止する。あるいは直ちに退場させる
B原則として解剖衣(防水エプロンを含む)は,ディスポーザブル製品を使用する
C N95 マスクを着用し,できる限り感染防止用ヘルメットを着用する
D解剖作業はできる限り解剖台上で行い,体液や洗浄液を飛散させない
E摘出した肺にホルマリンを経気管支注入する
F病変の切開・スライド作製は必要以上に行わない
G病変部からの新鮮凍結切片作製は厳禁である。どうしても必要な場合は,パラホルムアルデヒド液による固定後に行う
H骨結核や粟粒結核では,ストライカーを用いずにノミなどでサンプリングするか,ストライカーにビニール袋をかぶせて骨片を飛散させないように注意する。たとえ吸引装置付きのストライカーを用いた場合でも,決してその性能を過信してはいけない
I臓器の写真撮影は,十分なホルマリン固定後に行う
J剖検記載用紙などが血液・体液で汚染した場合は,新たな用紙に再記述する。やむをえない場合は,汚染部分をマークして次亜塩素酸ナトリウムで消毒する
K使用後の器具類の消毒は次亜塩素酸ナトリウムでよいが,グルタールアルデヒド溶液への浸漬か,高圧蒸気滅菌処理がより望ましい。できる限り,ディスポーザブル器具を利用する
L剖検終了時の遺体運搬用ストレッチャーの搬入は,床の洗浄・消毒後に行う
M剖検終了後,剖検者と立会者は必ずシャワーを浴び,丁寧に洗髪する
N使用後のマスク,手袋,肘当てなどは専用の容器に収納し,シール後に焼却する
O剖検終了後,次の剖検までに十分な換気を行う。換気口のHEPA フィルターのチェックを行う
P必要に応じて剖検終了数週間後に,QuantiFERONR-TB や胸部X線検査を行う
Q院内感染防止対策に還元するため,剖検報告は可及的速やかに臨床へ返す
R結核症の肉眼的診断能力を高める不断の努力の重要性を認識する

  
12.突発的な汚染事故に対する処置     
 実験室における汚染事故対策としては予防が最も重要であることは言うまでもないが,万一の事故に対する備えもなおざりにできない。汚染事故は,針刺しのように汚染対象が作業者個人にとどまる場合,容器の破損などによる菌液の流出のように主に室内環境が汚染される場合,注射器から菌液が飛散して室内と実験者がともに高度に汚染される場合など多様であり,それぞれ異なる対応が必要となる1)
 重要なことは,.あらかじめ代表的な場合を想定した対応マニュアルを作成しておく,.汚染事故の処理に必要な物品(消毒薬,ペーパータオル,手袋,汚染物を収める容器など)を一定の場所に常備し,事故発生の際,直ちに処置ができる態勢を日ごろから整えておくことである。この二つは病原細菌を取り扱う検査室が備えているべき必須の条件であり,検査室の責任者は
自らの責任において必ず実行しなければならない1)
 例えば,菌液を床面にこぼしたり,菌を植えた培地を落として破損させたような突発事故が発生した場合,当事者は直ちに同じ検査室で作業をしている全員に知らせ,直属の上司(主任)に報告しなければならない。主任は直ちに技師長,検査部長等に報告する義務がある。同時に,当事者と主任で事故発生時の詳細を記録しておく。
@突発的な事故に対する処置は基本的にまず当事者が,次いで第三者がこれに当たる
Aエアロゾル感染の恐れがある場合,まず室内で作業中の者を室外に出す
B汚染された手袋や予防衣を脱いで汚染物容器に入れる
C新しいマスク,予防衣と手袋を着用する
D消毒液(両性界面活性剤など)で汚染部分を十分消毒の後,破損物を滅菌用汚物入れなどに納める。消毒薬の空中噴霧は厳禁である。なお,クレゾール,フェノールは排水規制のため現在使用されていないが,結核菌に対する殺菌力は強いので非常時用として備えておくのもよい
E Dの具体的な方法として,消毒薬を十分含ませたペーパータオルで汚染範囲を周辺まで広く覆い(あるいは消毒薬を汚染箇所に流し),しばらく(20分以上)消毒箇所を放置する
F汚染事故の処理に用いたペーパータオルなどを,破損物とともに高圧蒸気滅菌後に廃棄する
G身体に汚染がない状態で室外に出て報告を行う
H菌液を誤飲した場合には,医師の指示のもとで適切な処置を受けなくてはならない

  
13.緊急時におけるバイオハザ−ド対策     
 バイオハザード対策の主目的は,取り扱い微生物またはその産生物によるヒトへの危害の予防であるが,火災,地震等の非常事態において第一に優先させなくてはならないのは作業従事者自身の緊急避難(人命の救助)であり,バイオハザード発生領域(検査室)からの脱出である。したがって,微生物検査室では,非常時における避難路の確保と,非常事態を想定した定期的な避難訓練を行う必要がある1) 5) 8) 9)
 同時に,病原体取り扱い者には,非常時における病原体の逸出を防止する社会的責任がある。一般に予想できる非常事態(火災,地震等)における病原体の逸出は,病原体を取り扱う者の日常的な配慮と工夫によってかなりの程度に防止できる1) 5) 8) 9)
(1)火災対策
@病原体の取り扱い操作では不要なガスや電熱器を使用せず,引火性の有機溶媒取り扱いに注意することで火災発生を低下させることができる
A病原体の取り扱い施設内で火災が発生した場合には,あらかじめ定めた方法で病原体を処置する(例えば,消毒槽や高圧蒸気滅菌器内に入れる)とともに備え付けの消化器で消火に当たる。消火不能の場合は直ちに脱出し,ドアを閉鎖,給排気系を閉じ,所轄の消防署に通報する
B放水による消火は,汚染を拡大させる危険があるので,化学消火態勢を主体に病原体取り扱い者による初期消火が可能なよう訓練を重ねておくことが必要である
(2)地震対策
@検査室内で菌株をふ卵器内部で培養または(一時的な保管を目的に)検査室内に静置しておく際には,透明または半透明の簡易密封容器の中に,試験管立て(直立位置の菌株)や培養用の斜面台(水平位置の菌株)とともに収納し,安全に静置する
Aふ卵器およびふ卵室内の培養用の各棚では,地震時における病原体の培養容器などの横転,転落を防止するため,安全柵を取り付けるか,またはスプリングを張り巡らせるなど,転倒防止の工夫を施しておく。地震に際しては冷蔵庫,冷凍庫は容易に移動し,扉が開いて中にあるものが転落する危険性があるので,危険度の高い病原体はそのまま冷蔵庫や冷凍庫に入れず,密閉容器に保管しなければならない
 1.検査室では,各種病原性抗酸菌を収納しているふ卵器・冷凍庫を始めとする機器類は,設置場所の条件上,可能な限り「耐震防止金具」
を用いて壁面または床面に各機器を固定する
 2.中規模以上の地震が発生したときは,直ちに病原体の取り扱い作業を中止し,あらかじめ定めた方法で病原体を処置(例えば,消毒槽
や高圧蒸気滅菌器内に入れる)した後,速やかに当該作業区域外へ退去しなければならない1)
 3.微生物検査室は危険場所(バイオハザード領域内のふ卵器や菌株保存用の冷凍庫等の所在・配置)を記載した図面を施設内の関係部署に届け出ておく。必要に応じて消防署と連絡を取ることも必要である。指定した場所以外では,病原性抗酸菌株の保存を禁止する。なお,これらの場所を記した図面は外部への漏出や盗難に注意し,厳重に保管する
(3)停電・強風・その他への対策
@病原性抗酸菌の封じ込め機能を維持するP 3レベルの検査施設においては,停電,強風等に対する対策も必要で,換気- 差圧系,監視- 制御- 警報通信系,避難用設備などの機能を維持しなければならない
A封じ込め機能を維持するP 3 設備においては,台風その他に伴う強風で空調系のエアバランスが崩れ,バリア間の微妙な差圧の逆転を防止するために定風圧,定風量装置や緊急ダンパーなどを組み込んでおく1)
 停電・落雷時は自動的に非常用電源に切り替わるが,P 3 実験室は給気・排気の機能が停止して換気不能となるため,バイオハザード実験室への入室を禁止する。
(4)天災時に対する緊急・消毒態勢
 
即効性のある消毒液を用いる。
@P 3レベルの検査室では「緊急時用の特別安全防護マスク・圧縮空気ボンベ・感染防護服等一式」と「緊急事態専用の消毒薬(5%フェノールなど)と噴霧器」を,施設内のかぎのかかっていない特定の収納場所に標示して常備しておく
A天災発生時または緊急事態の事後処理に際し,誰が対応することになるか予測することは不可能であるが,バイオハザード実験室を使用する関係者を対象に,被災時に備えて定期的な「消毒訓練」を行う

  
14.作業従事者の健康管理     
 心身ともに健全な状態で実験に携わることは当然である。病原体取り扱い者の健康管理上,必要な事項を以下に示す。
@雇用時はQuantiFERONR-TB 検査を受けさせる
A必要があればBCG ワクチンを接種する
B長期の化学療法を受けている者,免疫機能の低下している者,妊娠中の者などの就業については,感染の危険性がないように特に配慮が必要である
C病原体を取り扱う者が身体に異常を覚えた場合,直ちに当該責任者および健康管理医に届け,適切な処置を受ける
D健康管理上必要と認められる事項については,病原体の取り扱い者ごとに記録を作製し,これを一定の期間保管しておかなければならない

  
資 料
15.標準予防策と感染経路別予防策     
 標準予防策と感染経路別予防策は,結核に限らず感染予防の基本となるものであるので,理解を深めておく必要がある。
(1)標準予防策
 
バイオハザード対策の基本は,標準予防策である。標準予防策は,感染症の病態にかかわらず,すべての患者のケアに際して適用され,感染経路別対策に先立って基本的に遵守すべき手順であるが,臨床微生物検査室のバイオハザード対策にも適応することができる。
 以下の対策は,患者の検体(血液,体液,排泄物)などを扱うときの感染予防策である。
@手袋と手洗い
 血液,体液,排泄物に触れるとき,あるいは血液や体液で汚染されたものに触れるときには手袋を着用する。清潔な未滅菌手袋でよい。使用中に,手袋の小さな穴や破損によって感染する可能性もあるので,手袋を外した後は手洗いをする。また,誤って血液や体液,創傷のある皮膚に触れた後は直ちに手洗いをする。なお,石けんと流水による手洗いが原則である。見た目に汚れがない場合には,アルコールをベースにした速乾性手指消毒薬(擦式手指消毒薬)を用いてもよい。特に手洗いが勧告されているのは,湿性生体物質に触れた後,患者ケアの前後,手袋を外した後である。
[注意]手袋は湿性生体物質やそれらで汚染された機器,機材に触れるとき,あるいは粘膜や創に触れるときに着用する。清潔な未滅菌手袋でよい。使用中に,手袋の小さな穴や破損によって感染する可能性もあるので,手袋を外した後は手を洗う。
Aガウン,マスク,ゴ−グルの着用
 血液や体液で衣服が汚染される可能性がある場合は,ガウンまたはプラスチックエプロンを着用する。血液や体液などが飛散し,目,鼻,口を汚染する危険がある場合にはマスクとゴーグルを着用する。この場合は,通常サージカルマスクを着用する。ただし,結核やSARS を疑う検査を行う場合はタイプN95 微粒子用マスク(N95 マスク)を着用する。
B注射針や血液付着物の処理
 注射針はリキャップせずに使用直後に専用容器に捨てる。針刺し事故防止用安全機材を導入する。飛散した血液や体液の処理は,手袋を着用し,ペーパータオルと消毒薬を用いて拭き取る。ディスポーザブル製品は,感染性廃棄物として処理する。血液などが床に付着した場合は,手袋を着用しペーパータオルで拭き取り,その部位を次亜塩素酸ナトリウムで清拭消毒する。使用したペーパータオルは感染性廃棄物として処分する。
C職員の安全対策
 血液や体液に曝露される可能性のある職員には,B型肝炎ワクチンを接種する。血液や体液の飛散が起こりうる領域では,飲食,リップクリームの塗布,コンタクトレンズやピアスの着脱,喫煙などは行わない。血液や体液などの飛散を受けた場合は,直ちに上司あるいは感染対策担当スタッフに報告し迅速に対応する。
(2)感染経路別予防策
 
病院内で重要視される感染経路別予防策には,空気感染予防策,飛沫感染予防策,接触感染予防策の三つがある。
@空気(飛沫核)感染予防策
 空気感染とは,微生物を含む直径5μm 以下の微小飛沫核が,長時間空中を浮遊し空気の流れによって広範囲に伝播される感染様式をいう。対象となる病原体あるいは疾患は,結核,SARS,水痘(免疫不全者あるいは播種性の帯状疱疹を含む)および麻疹である。これらの病原体に感染している患者やこれらの病原体を取り扱う検査室に対しても適用され,空気感染予防策には空調設備の完備が不可欠である。
 また,これらの病原体を取り扱う臨床微生物検査室は,P 3 レベルであることが望ましく,単独空調であること,そして周辺室より陰圧とし,すべての供給空気を新鮮外気とする。また,排気ダクトの回路内にHEPA フィルターを設置し,定期的なHEPA フィルターの交換などの点検が必要である。
A飛沫感染予防策
 飛沫感染とは,咳,くしゃみ,会話,気管吸引および気管支鏡検査に伴って発生する飛沫が経気道的に粘膜に付着し,それに含まれる病原体に感染することをいう。飛沫直径は5μm より大きいため,飛散する範囲は約1m 以内であり,床面に落下するとともに感染性はなくなる。飛沫感染予防策が適用される病原体あるいは疾患は,ジフテリア菌,マイコプラズマ,溶血性レンサ球菌,インフルエンザ菌や髄膜炎菌,インフルエンザ,流行性耳下腺炎,風疹などである。
B接触感染予防策
 接触感染は患者との直接接触あるいは患者に使用した物品や環境表面などとの間接接触によっても成立する。接触感染予防策は,このような経路で伝播しうる疫学的に重要な病原体に感染し,あるいは保菌している患者に対して適用される。適用される疾患は,SARS,ウイルス性出血熱(エボラ,ラッサ,マールブルグ),急性ウイルス性(出血性)結膜炎,新生児あるいは皮膚粘膜の単純ヘルペスウイルス感染症,膿痂疹,虱症,疥癬,おむつ使用中あるいは失禁状態のロタウイルス感染症や腸管出血性大腸菌感染症,クロストリジウム・ディフィシル下痢症,MRSA やVRE などの耐性菌感染症などである。

  
16.空気感染予防策のための防塵マスクフィットテスト     
(以下のテストは3M社の資料を一部改変して掲載した。)
 防塵マスク(N95 マスクなど)は,顔の皮膚に完全にフィットしなければ安全性を保持することはできない。確実な安全性確保のために,サッカリンを用いたフィットテストが行われる。フィットテストを受ける前15 分間は飲食をしてはならない。フィットテストに先だって感度テスト(サッカリン
を関知するためのテスト)が行われる。
〔サッカリン溶液の準備〕
 感度テスト溶液をネブライザー#1 に,フィットテスト溶液(ティースプーン1杯程度)をネブライザー#2 にセットする。
(1)感度テスト
@マスクを着用しないでフードをかぶる
Aフードの透明窓と顔を15cm 離す
Bネブライザー#1 をフードの穴に入れ,ネブライザーの開口部を被験者の口に直接向けないようにしてゴム球を10 回押してエアロゾルを発生させる。このとき,ゴム球は完全に押し,完全に戻るようにする。被験者に口から息を吸い,味わうよう指示する
C被験者が甘味を感じたか否かを確認する。甘味を感じたときは回数を10回と記録。甘味を感じていない場合は更にゴム球を押してエアロゾルを発生させ,甘味を感じた回数を記録する。回数を30 回以上繰り返しても甘味を感じない場合は,他の方法で検査する
D被験者はフードを取り,新鮮な空気で2〜3分間,口から息を吸って口の中の甘味を取り去るようにする
(2)フィットテスト
@被験者は防塵マスクをつけてフードをかぶる
Aフードの透明窓と顔は15cm 離す
B被験者には口から息を吸い味わうよう告げる
C以下(D以降)の操作を行っている間に濃度を一定に保つため,30 秒ごとに感度テストで使用した半分の回数だけゴム球を押し,エアロゾルを発生させる
D被験者は30 秒間ずつ次の操作をする
1.普通の呼吸をする
2.深呼吸をする(5秒に1回程度)
3.頭を左右に振る(右を向いて呼吸を1回,左を向いて呼吸を1回)
4.頭を上下に振る(上を向いて呼吸を1回,下を向いて呼吸を1回)
5.話をする(五十音を順番にゆっくり読み上げる)
6.普通に呼吸をする
1 〜 6 で甘味を感じたらフィットが適切でないと判断し,テストを中止する。再テストは15 分程度間隔をおき,感度テストから始める。
1 〜 6 で甘味を感じない場合は,マスクの装着が適切に行われていると判断される。
7.ネブライザーに残ったサッカリンは捨てる。ネブライザーはサッカリンで詰まりやすいので分解して温水で洗浄しておく

  
17.患者検体からの抗酸菌検出時の院内連絡ル−ト     
 塗抹検査,培養検査,同定検査などで抗酸菌陽性の成績が得られた場合は,検査を依頼した医師または患者の主治医に速やかに連絡しなければならない。このための連絡ルートは平日および夜間・休日に分け,各施設で決めておく。一例を以下に示す。
(1)平日・日勤帯(図3)
@微生物検査室で抗酸菌陽性成績が得られた場合には,速やかに患者の主治医に連絡する。主治医が不在の場合もあるので,このような場合の連絡先(外来患者では外来医長,入院患者では病棟医長など)も決めておくとよい
A入院患者で抗酸菌陽性となった場合は患者を個室へ移すことや,病室の陰圧設備などが必要になる場合がある。このため,微生物検査室は感染対策室に連絡する
B患者発生時には患者ケアにも特別の注意が必要なことから,微生物検査室から病棟の看護師長(主任)にも連絡する。施設によっては,主治医から看護師長(主任)に連絡するルートも考えられる
(2)夜間・休日の場合(図4)
@主治医が不在な場合には,患者が所属する診療科の当直医に連絡する。感染対策室やInfection Control Doctor(ICD)が夜間・休日も対応している場合には,微生物検査室からこれらのスタッフに連絡することができる。夜間・休日対応ができない場合には,平日勤務体制に戻った時点で連絡する
A入院患者の場合には,夜間・休日であっても他の患者や職員への伝播を防ぐため,患者のケアに当たる職員には決められた予防策を講じるよう,主治医または微生物検査室から連絡しなければならない

  
18.結核患者の届出方法     
 結核予防法は廃止され,感染症に統合された。医師は結核発病者ならびに感染が強く疑われる人を含めて,直ちに最寄りの保健所に届出を行う2007年4 月1 日施行)。詳細については,厚生労働省法令等データベースシステムhttp://www.hourei.mhlw.go.jp/hourei/ を参照のこと。

  
19.結核菌の感染菌量・感染経路     
(1)感染菌量
 
感染を起こすのに,どのくらいの数の病原体が必要であるかは感染を考えるうえで大切な因子であり,病原体の種類によって非常に異なる。顕性感染を起こすのに必要な病原体の数を「感染量」といい,実験動物では,被検動物の半数を発症させる病原体の数(50%感染量,ID50)が定量的表現として用いられる。ヒトの場合,感染量を正確に決定することはほとんどできないので,一部の病原体についておよその目安になる数値があるにすぎない。結核菌の場合「10 個以下」であることが知られている1)
(2)感染経路
 
第一に,結核菌の感染は病原体を含んだ空気中を漂う微粒子(直径5μm以下,飛沫核と呼ぶ)や塵埃を吸い込んで呼吸器から感染する「空気感染(飛沫核感染)」である。感染対策の中で,飛沫感染や空気感染により呼吸器を侵入門戸として感染する病原体に対する対策が最も困難であるとされている9)。自然感染において空気感染する結核菌が検査室でエアロゾル感染を起こしやすいのは当然である。完全な防御には気密性の防護服と高性能マスクの使用等が感染防止対策で重要な点である1)
 第二に,エアロゾルが器具や実験台の表面に付着した後,手指を汚染し,これが経口感染や結膜経由の感染につながる可能性も考えておく必要がある。これに対しては,手洗いの励行が最も有効な手段である。
 過去に起こった実験室感染の大半の例では,特別なアクシデントもなく,「ただ病原体を扱っていた」,あるいは「病原体を扱う研究室で働いていた」というだけで感染が起こっている。このような場合には,実験操作により病原体を含む液体微粒子(エアロゾル)が発生し,それを吸い込むことにより呼吸器から感染したと考えられている。したがって,エアロゾル対策は検査室感染防止で特に重視されるが,エアロゾル感染は自然条件下での飛沫感染および空気感染と同様に防止が最も困難であり,検査室感染が根絶できない最大の原因となっている1) 11) 22)〜25)。これまで,事故の報告例は顕性感染,すなわち発病例にほぼ限られており,感染したが発病には至らない不顕性感染の頻度を系統的に調べるなどの試みもほとんどなされていない。そして,臨床検査技師が検査室内感染を起こす例が少なくないという事実は,慣れからくる油断や手抜きがあることを示唆する1) 11) 22)〜25)(参考資料1参考資料2)。
 一見して平凡で当然なことに見える事柄を,きちんと遵守することが大切である。手馴れた手法に固執しないことである。

  
20.抗酸菌株の保存・維持・管理     
 各種の病原性抗酸菌が,研究や検査の目的で日常的に使用される。いずれも適正な性状を備えた基準株,その他の標準的な菌株,または特定の性状をもつ菌株を使用する必要があり,そのような菌株の保存・維持に当たっては性状の変化が起こらないように細心の注意を払わなくてはならない。感染症法では,結核菌(四種病原体等),多剤耐性結核菌(三種病原体等)は危険物として一定の管理規制の下に保持することを義務化している。取り扱い場所や保管場所についても,防水・耐圧の構造を有するなどの施設基準が設けられた。原則として,菌株を所持できる期間は検査完了時までとなり,その後は感染症法滅菌譲渡の基準に従う。ただし,病院もしくは診療所または病原体等の検査を行っている機関の対応については,現在のところ不明確な部分もあり,詳細については2007 年6 月1 日施行の感染症法に基づく病原体等の管理規則を参照のこと。
(1)抗酸菌株の保存
 
菌株保存に当たっては,その生菌数を維持し,また原株と性状を異にする突然変異細胞の発生とその異常増殖を抑制する考慮が必要で,頻繁な種継ぎが必ずしも良策とは限らない。抗酸菌株の保存は,@凍結乾燥アンプル密封,A凍結チューブ,B適切な分散媒を含ませた液体培地,C画線培養した斜面培地(短期保存),Dマイクロバンク等の方法(詳細は成書を参照のこと)で行い,抗酸菌を保存したチューブやアンプルは,非常用電源に接続した施錠可能な冷凍庫(−80℃)内の一定の場所に保管する。
(2)保存菌株のリスト作成
 多剤耐性結核菌株については感染症での記帳義務があり,病原体等,ヒト,施設の三つに大別された各項目に従って具体的に記帳することになっている(詳細については感染症法を参照のこと)。結核菌株(多剤耐性結核菌株を除く),およびその他の非結核性抗酸菌株について記帳義務はないが,菌株リストは作成しておくほうがよい。
@施設内で保持している菌株については,基本的に責任者自身が日常,使用する病原菌の保存菌株リストを作成し,厳重に管理しなくてはならない。同時に,各研究者は“バイオセーフティ管理委員会”の求めに応じてこれらの菌株リストを開示しなければならない
A“バイオセーフティ管理委員会”は,前記の開示された保存菌株リストの定期的なチェックに基づき,その部署が保持する病原細菌(保存菌株と各種の臨床分離菌株)の種類と現在保持している菌株数(本数)を記録する。それと同時に,病原細菌の保管場所を実験室の平面図の中に標示して把握しておく。これら菌株リストアップの措置は消防署などとの協議に当たって便利であり,緊急時に対する備えともなる1)
B菌株リストは原則として各施設の外部はもとより,内部に対しても一切公表しない
C施設内の保存菌株の中でも患者由来の臨床分離株の取り扱いと管理については,各責任者ならびに“バイオセーフティ管理委員会”ともに「患者情報の漏洩を防ぎ,守秘義務を厳守しなくてはならない」点を銘記して,より慎重な菌株保存の管理体制を心掛ける必要がある

  
21.バイオハザ−ドマ−クの標識     
 実験室の入口および菌株を保管している冷凍庫,ふ卵器等の扉には「バイオハザードマーク」を標示する。

  
22.抗酸菌株の分譲および国内外への郵送     
 社会的,公衆衛生的に特に影響の大きいバイオセーフティレベル2および3に分類される病原性抗酸菌は,大学などにおける教育・研究のみならず,公衆衛生・医療機関における検査・研究業務,製薬企業における会社の薬品開発研究などの目的に日常的に使用される。それらの機関で必要とする適切な菌株が保存されていない場合,菌株分譲の依頼があれば,その社会的要望に対応しなければならない。
 病原細菌を安全に取り扱ううえで適切な設備を欠き,あるいは必要な知識と技術の裏付けのない機関または個人等へ病原性抗酸菌を分譲した場合,バイオハザードが惹起される危険があり,その発生防止には最大限の安全策を講じる必要性がある。そこで,分譲する病原性抗酸菌の安全な受け入れが確認かつ保証される施設や個人に対して,病原性抗酸菌の分譲が適切に行われるためのガイドラインを以下に示す。
 なお,研究者,医療関係者の当事者間での菌株の授受等についても,原則として,以下のガイドラインに準拠して行う。
(1)菌株分譲を行うための要件
@菌株の分譲に当たり,当該菌株を使用する施設の設備および使用者の菌株の取り扱いについての知識・技術等の適格性を判断するため,分譲先の機関の長に対して「バイオセーフティレベル2〜3の菌株分譲に当たっての質問事項と確認事項を詳述した文書」を送り,回答書の提出を求めることを原則とする1)
A菌株の分譲に当たっては,指定の書式または分譲依頼責任者の属する施設の公用箋を用いて「分譲願い書」の提出を求める。「分譲願い書」には(a)分譲を希望する菌株の学名,(b)使用目的,(c)使用者,(d)使用場所を明記すると同時に,(e)分譲依頼責任者または所属機関長の捺印を求める。この際,分譲を受ける者には,(f)分譲願いに記入した使用目的以外の目的に当該菌株を使用しないことを義務付ける1)
B菌株を分与する施設の長または責任者は分与を受ける機関の長に対して「分譲菌株のバイオセーフティレベルを指定する」と同時に,「指定レベルに応じたバイオハザード防止対策と手段を講じることを誓約する文書」の提出を求める
C保存菌株の分譲依頼を受けても,分与を依頼した施設が当該菌株の使用目的,使用施設の設備,または使用者の知識・技術について疑問点があると判断したとき,抗酸菌保存株の分譲を断ることができる
D標準菌株以外の(臨床分離株を含む)各種の抗酸菌株の分譲依頼に対しては,バイオセーフティ管理委員会の各委員の承認を必要とする
E菌株分与の依頼を受けた施設は,「分譲される保存菌株に関連して発生するすべての危険は,分譲を受けた側の責任に帰属することを明記した文書」を送付する
F菌株分与の依頼を受けた施設の判断により,依頼菌株の受領のために分譲を受ける機関の責任者の出頭を求めることができる
G以上の要件を適切に運用するため,菌株分与の依頼を受けた施設の菌株分譲の担当責任者は病原細菌学の専門家をもってその任にあてることを原則とする1)
H抗酸菌株分譲のための公式書類
 外部機関からの菌株分譲依頼を受け付け,抗酸菌株を分与するうえで必要となる上述の各種書類・誓約書等の書式は,日本細菌学会「病原細菌に関するバイオセーフティ指針」の < W.病原菌株の分譲におけるバイオセーフティに関するガイドライン> に記載された書式(T)〜(W)1)に基づき各施設が作成した独自の書式を用いて分譲の手続きを行う。
(2)抗酸菌株の郵送方法の実際
@抗酸菌株の輸入と輸出
 病原性抗酸菌株を輸出または輸入する場合には,(a)あらかじめバイオセーフティ委員会の了解を得る必要がある。それと同時に(b)農林水産省に許可申請書類を提出し所定の公式手続きを完了しなくてはならない。これら2段階の手続きを必須の要件として義務付ける。
A抗酸菌株郵送のための梱包(図5参照)
 固体培地あるいは液体培地を用いて抗酸菌株および臨床材料,診断材料を輸送する場合は,漏洩事故を防ぐため以下の手順に従って三重に梱包する。基本的には国連容器を使用することが望ましい5) 6) 9) 10) 27) 28)
a)固形培地で発育した菌株を輸送しようとする場合,凝固水が残っていれば入念に抜き取る
b)培地容器とふた(ゴムキャップ)をパラフィルム等を用いて密閉する。あるいは,穴の開いていないゴムキャップに取り換える
c)培地(試験管・一次容器)をチャック付きの丈夫な袋に個別に密封する
d)おのおのの袋に入った培地を,破損した際に内容を十分に吸収できるだけの吸収剤で包装し,専用の輸送用容器(二次容器)に収納する
e)冷却材等を同時に梱包してもよいが,ドライアイスは航空機を利用する場合に会社により制限されることがある
f)二次容器の物理的損傷を保護できるよう,構造上の工夫が施された外側容器(三次容器)に二次容器を収納する
g)外装容器(三次容器)を密封し,感染性材料であることを示すバイオハザードマークを表示する
h)外装容器には,事故や破損など緊急の際に必要な連絡先を明記する
 2007 年4 月1 日より新感染症法が施行され,結核菌は基本的に四種病原体等に指定された。また,INH とRFP の両方に耐性を有する多剤耐性結核菌のみは,別に三種病原体等に指定されている。四種病原体等については,基本的に上記の三重包装により国内での郵送は可能であるが,事前に最寄りの郵便局と打合せを行う。2007 年1 月1 日の国際郵便条約の改定によって,カテゴリーA は国際郵便では輸送できなくなっている。したがって,培養した結核菌を国際的に輸送しようとする場合は,民間輸送業者に委託する必要がある。
 三種病原体を輸送する場合には,事業所内部での移動を除いて,更に各都道府県の公安の許可を得る必要がある。運搬方法(運航責任者,専門家の同行,セキュリティの確保等)については個別の運搬について都道府県公安委員会が規定するので,それぞれの指示に従う。
 また三種病原体等を所持する場合は,所持の開始の日から7 日以内に厚生労働大臣に届出を行わなければならない。三種・四種病原体等の取り扱いに関する施設基準も示されており,それらの法律が遵守されているか否かも分譲・輸送以前に確認しておく必要がある。

  
23.バイオセ−フティに関する文献リスト     
1) 日本細菌学会バイオセーフティ委員会.病原細菌に関するバイオセーフティ指針(第2版).東京:日本細菌学会,2002,1-111.
2) CDC. Guideline for hand hygiene in health-care settings. MMWR51 2002(RR-16):1-47.
3) Wilson ML,Reller LB. Laboratory design. In:Manual of Clinical Microbiology Vol.1. editor. Murray PR. Washington DC: ASM, 2003. 22-30.
4) Heifets LB, ed. Clinical Mycobacteriology. Clinics in Laboratory Medicine, Vol.16, No.3. Philadelphia: W.B. Saunders, 1996.
5) 北村 敬,小松俊彦,監訳.実験室バイオセーフティ指針− WHO 第2版.東京:バイオメディカルサイエンス研究会,1996.
6) 松本慶蔵,本間守男,監訳.「グラッドウォール臨床検査学−第W巻 微生物学」.東京:医歯薬出版,1985.
7) Kent PT, Kubica GP. Public Health Mycobacteriology − A guide for the level V laboratory. Centers for Disease Control( CDC), 1985.
8) 大谷 明,内田久雄,北村 敬,ほか,編.「バイオハザード対策ハンドブック」.東京:近代出版,1981.
9) 岩田和夫,編.「微生物によるバイオハザードとその対策」.東京:ソフトサイエンス社,1980.
10) Fleming DO, Hunt DL. Biological safety principles and practices. 3rd ed., Washington DC: ASM Press, 2000.
11) 阿部千代治.「抗酸菌の検査」.JATA ブックスNo. 1.東京:結核予防会,1993.
12) 辻 明良,久家智子,五島瑳智子.消毒薬の抗微生物スペクトルからみた使い方.綜合臨1993; 42: 2082-6.
13) 新太喜治,鈴木朝勝,永井 勲.「滅菌・消毒ハンドブック」.大阪:メディカ出版,1988.
14) 工藤祐是,大里敏雄,高橋昭三,ほか.「結核菌の臨床細菌学」.東京:結核予防会,1970.
15) 前島一淑,浦野 徹,佐藤 浩,ほか,編.「実験動物施設における滅菌・消毒マニュアル―標準操作手順」.東京:ソフトサイエンス,1988.
16) 国立感染症研究所バイオセーフティ管理室.バイオセーフティ講習会(テキスト).1998.
17) 岡 洋子.主要な消毒薬の特徴と使い方.フタラール製剤.臨と微生物2002;29:403-7.
18) 仲 彩世. 主要な消毒薬の特徴と使い方. 過酢酸. 臨と微生物2002;29:399-402.
19) 片白陽子.主要な消毒薬の特徴と使い方.即乾性消毒薬.臨と微生物2002;29:409-11.
20) 日本病理学会業務委員会,編.病理業務における感染防止対策と廃棄物処理マニュアル.日病理会誌1995;84(補冊).
21) 堤 寛.病理検査,病理解剖における感染対策,「エビデンスに基づいた感染防御」.小林寛伊,吉倉 廣,荒川宜親,編.東京:メヂカルフレンド社,2002,149-67.
22) 向野賢治,久保田邦典,訳,小林寛伊,監訳.医療従事者の感染対策のためのCDCガイドライン.Infection Control 1999;60(別冊B)東京:メディカ出版.
23) 宍戸真司,森 亨.わが国の院内感染予防対策の現状と課題.結核1999;74:405-11.
24) 昭和62 年度療研研究報告書.結核病院職員の結核罹患状況.1987, 3.
25) 五十里明.結核患者の実情と問題点.結核1985; 60:549-54.
26) 升田隆雄,五十嵐豊治.臨床検査室におけるバイオハザード−本邦における統計的考察.感染症誌.1991;65:209-15.
27)国立感染症研究所,翻訳・監修.感染性物質の輸送規則に関するガイダンス.世界保健機関 WHO/CDS/CRS/LYO2005.22.
28)御手洗聡.病原体等の保管及び病原体等情報の一元集約化のあり方に関する研究報告書.2007.4.

    日本結核病学会抗酸菌検査法検討委員会  
委員長 高嶋 哲也
副委員長 小栗 豊子
委 員 一山  智 小川 賢二 鎌田 有珠 古賀 宏延
塩谷 隆信 竹山 博泰 御手洗 聡 和田 光一
斎藤  肇 冨岡 治明 土井 教生 長沢 光章
樋口 武史
協 力 阿部千代治 江崎 孝行

(出典:結核.Vol.80,No6.:499-520. 2005 別冊付録を改訂 2007/8/10)

  
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事務局:
saito@jata.or.jp