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6.消毒および消毒薬の選択(表3,表4) |
「消毒」とは感染の危険がほとんどなくなるまで病原微生物を不活化する処置をいう。消毒は滅菌と比較して温和であり,芽胞の不活化はまったくできないか,たとえできても不十分である。また,熱処理でも100℃またはそれ以下の温度であれば,たとえ数時間加熱しても芽胞は死なないため滅菌ではなく,消毒である1)。
ふつう消毒は消毒薬により行われる。消毒薬には多くの種類があり,微生物に対する有効範囲が一様でなく,また人体に応用できるものとできないものがある。万能消毒薬は存在しないので,目的に応じて適切な消毒薬を選択する必要がある1) 5) 8) 12) 13)。 |
(1)一般の細菌に対する消毒薬
@消毒薬に対する細菌の抵抗性
細菌を消毒薬に対する抵抗性から大まかに分け,強いものから順に並べると,「芽胞を形成している細菌」,「結核菌およびその他の抗酸菌」,「一般細菌」となる1)。
A消毒薬の種類と殺菌力の強弱
消毒薬の殺菌力の強さを表す目安として,アメリカでは「高水準(high)」,「中水準(intermediate)」,「低水準(low)」という分類が使用されている。大まかに言えば,「高水準」は上記のスケールで最上位の芽胞でも時間をかければ不活化可能,「中水準」は芽胞を不活化できないが抗酸菌には有効,「低水準」は無芽胞細菌に有効,ウイルスには無効,という目安である。
検査室では例外的なケースを除き,「高水準」に属する薬剤が必要な場合はほとんどなく,実際には「中水準」以下で十分であると考えられる1)。
<高水準>……グルタールアルデヒド,フタラール,過酢酸
<中水準>…… 消毒用アルコール類,フェノール系,塩素系,ヨウ素系消毒薬
<低水準>……両性界面活性剤,クロルヘキシジン,逆性石けん液 |
(2)抗酸菌に有効な消毒薬
抗酸菌に有効な消毒薬は意外に少なく,選択の幅が狭く限られている。また,消毒薬の選択に当たっては刺激性が少なく皮膚に使用できるかどうかも重要な要素になる。抗酸菌に有効で皮膚に使用できる消毒薬は,エタノール系,ヨウ素系に限られる。次亜塩素酸ナトリウムなど塩素系の消毒薬は金属に対する腐食性が強く,抗酸菌に対して効果がやや弱い。「消毒薬の抗微生物スペクトル」,結核菌の消毒を目的とした対象別の主な消毒薬の濃度および作用時間をそれぞれ表3 と 表4に示した12)。 |
@消毒用アルコ−ル類
アルコール類の殺菌作用には水分の存在が必要であり,エタノールは普通70 〜 80%濃度で使用されるが,この濃度範囲では殺菌効果に大差はなく,50%以下の濃度では殺菌作用が急速に低下する。培養した結核菌に対する70%エタノール水溶液の殺菌作用時間は約5分程度と言われている14)。刺激臭があるがイソプロパノールの50%水溶液もエタノールの70%水溶液と同等の消毒効果がある15)。他方,メチルアルコールは殺菌作用が弱く,毒性が強いために常用の消毒薬として使用されることはない。エタノールの沸点78.3
℃,イソプロパノールの沸点82.7℃で,いずれも引火性の物質なので清拭時の引火に注意する。アルコール類による消毒の作用機序は微生物のタンパク変性または凝固である8) 13)。 |
Aフェノ−ル系消毒薬
フェノール系消毒薬としては石炭酸とクレゾール石けん液があり,作用機序は細菌細胞壁の破壊と細胞質のタンパク変性である。いずれも排水規制のために現在,使用されていない。しかし,結核菌に対し殺菌力が強く,結核予防法でも結核菌の消毒薬として認められているので記載しておく。使用する場合は必要最小限度の使用に留めるべきである。 |
a)フェノ−ル(石炭酸:C6H6O)
フェノールは消毒薬の中で最も古くから使用され,有機物存在下でも安定した消毒効果が得られるが,特有な臭気と皮膚刺激性,組織毒性があるため皮膚消毒には使用できない。フェノールは細菌のタンパク質を凝固・変性させて殺菌する8) 13)。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,1〜2%フェノール水溶液で5分前後,5%水溶液では30
秒〜1分で死滅させる11)。一般的な使用濃度は1〜5%とされている8) 12) 13) 15)。フェノールは強力な殺菌力を有する反面,人体にも有毒なので,実験室で常用する消毒薬としては不適切であり,必要最小限度の使用頻度に留めなくてはならない(排水規制)。 |
b)クレゾ−ル(C7H8O)
クレゾールには3種類の異性体があるが,殺菌作用にはほとんど差がない。クレゾールはフェノールよりも強い殺菌力をもつが,難水溶性なので石けんと混和して易水溶性にしたクレゾール石けん液(saponated
cresol solution)が用いられる8) 13)。培養した結核菌に対する殺菌作用時間は,0.5%クレゾール石けん水溶液で60
分,1%で45 分,2%で10 分,5%水溶液では5分で死滅させる14)。常用濃度は一般に1〜3%とされている8) 12) 13) 15)。クレゾール石けん液もフェノールと同様に,実験室で常用消毒薬として使用してはならない(排水規制)。 |
B両性界面活性剤
両性界面活性剤(アルキルジアミノエチルグリシン)は結核菌に対して有効な数少ない消毒薬の一つだが,フェノールよりも効果が落ちるため,常用濃度(0.2
〜 0.5%に希釈)と作用時間(120 分以上接触または浸漬)に注意しなくてはならない8)
13)。本消毒薬は結核菌に対しあまり強くないので,結核菌検査に用いた器具など汚染が激しいと考えられるものでは,さらに高圧蒸気滅菌処理を施してから廃棄するとよい。両性界面活性剤では,陽イオンが活性能をもち,微生物細胞膜の変性を起こし,陰イオンは洗浄力を持つ8) 13)。 |
Cアルデヒド類
a)グルタ−ルアルデヒド
アルデヒド基(-CHO)は細菌タンパクの活性基と反応し,強いタンパク凝固作用を起こすために,強力な殺菌作用を示し,その他,DNA
合成阻害,細胞壁の障害作用もある。消毒用アルデヒドとして用いられているのはホルムアルデヒド(CHOH)とグルタールアルデヒド〔OHC(CH2)3
CHO〕であるが,ともに特有の臭気があり,目や気道粘膜を刺激する。殺菌力はアルデヒド基の化学的活性が増すアルカリ性のほうが強い8) 13)。
病院等で「使用後の内視鏡の消毒洗浄処理」に用いられるのは,3〜3.5%グルタールアルデヒドのアルカリ性水溶液の中に1時間以上浸漬する方法である。グルタールアルデヒドのアルカリ性水溶液は約2週間継続して使用可能とされているが,使用直前に緩衝化剤(重炭酸ナトリウム)を添加した後は溶液が不安定となり,消毒薬としての抗微生物活性が経時的に低下する。1週間に1回,新しい消毒液を調製して使用するのが望ましい8) 13)。
消毒薬として一般に常用されるグルタールアルデヒドの濃度は2 〜 2.25%であるが,この濃度では一部の非結核性抗酸菌(M.abscessus
, M.chelonae 等)に対する殺菌効果が不十分な場合のあることが知られている(結研では3 〜3.5%濃度で使用)。
b)「ホルマリン薫蒸」による実験室全体の消毒
実施頻度は少ないが,バイオハザード実験室の空調設備や電気設備の点検・修理または高性能フィルター(HEPA フィルター)交換の場合には,工事の前後に「ホルマリン薫蒸」による室内の消毒が行われる。「ホルマリン薫蒸」の実施要領は,「3×6×
2.5m(W × D × H)」について,(a)「局法ホルマリン水1.8l と過マンガン酸カリウム900g」を耐熱性容器に入れ,ホルムアルデヒドガスを発生させる。または,(b)「2倍希釈局法ホルマリン水1.8l」をホルムアルデヒドガス発生器に入れて,ホルムアルデヒドガスを発生させる。薫蒸中はガスの漏洩を防ぐため実験室ドア周囲の隙間はガムテープ等で密封する。
(a), (b)ともにホルムアルデヒドガス発生後は24 時間以上,実験室を密封状態のままで放置し,その後に換気して室内を洗浄する15) 16)。
c)フタラール製剤
フタラールはオルトフタルアルデヒドと呼ばれ,アルデヒド系の消毒薬であり,わが国では2001 年11 月に発売された。本剤は高水準消毒薬に属し,軟性内視鏡消毒薬としてアメリカ消化器内視鏡看護者協会(SGNA)などで推奨されている。フタラールは脂質に富んだ細胞壁に取り込まれやすく,抗酸菌を含む各種栄養型細菌,真菌に対し迅速に殺菌力を発揮する。各種ウイルスにも迅速に不活化作用を示す。ただし,細菌の芽胞を殺菌するためには時間を要し,0.43%の濃度では10
時間で殺菌されたとの報告がある17)。本剤は有機物と反応して着色する性質があり,このため医療器具類に着色を認める場合がある。衣服に付着した場合は黒色様に着色し,洗濯・漂白を行っても落ちない場合がある。 |
D過酢酸(エタンペルオキソ酸)
過酢酸は,わが国においては2001 年10 月に承認された新しい消毒薬である。内視鏡などの,医療器具の消毒に用いられるグルタールアルデヒドに代わる消毒薬として注目されている。過酢酸は希釈や加熱などにより分解し,過酸化水素と酢酸を生ずる。過酸化水素はO2
と水に,酢酸は微生物の作用によりCO2 に分解される。本剤はグルタールアルデヒドよりも短い作用時間で微生物を殺菌し,しかも毒性が弱く,環境汚染の影響も少ない消毒薬といえる。また,グルタールアルデヒドに抵抗性を示す一部の抗酸菌も短時間で殺菌するとされている。有機物の存在下でも有効である18)。 |
E即乾性消毒薬
速乾性消毒薬は消毒薬を水溶液ではなくアルコール溶液とした製剤で,手指消毒薬として広く用いられている。アルコールは速効的に微生物を殺菌し,抗微生物スペクトルも広い。しかし,持続性が期待できないため,消毒薬を添加することでこの作用をもたせた。速乾性消毒薬は手指消毒に使用するものと,手術部位の皮膚消毒に使用するものとに分けられる。手指消毒用は手荒れ防止にエモリエント剤が含まれているものが多く,一方,手術用はこれを含まない19)。CDC では流水と石けんによる手洗いを勧告してきたが,手指に目に見える明らかな汚染がない場合は,この手洗いの代わりに速乾性消毒薬による手指消毒を推奨している。 |
(3)消毒薬の廃棄処理
@手洗いの排水の滅菌処理
バイオハザード実験室の日常の手洗い等による(消毒薬を含む)排水は,自動的に専用の貯留タンクに集められ,定期的に高圧蒸気滅菌を施して廃棄処理できれば理想的である。 |
A使用済み消毒薬の廃棄処理
消毒薬によっては使用済みの液は,そのつど,特定の専用容器に移して貯留・密封し,廃棄物の専門業者に処理を依頼しなくてはならない20)。また,バイオハザード実験室で使用した「有毒な有機溶媒や薬物」等を廃棄処理する場合にも,同様の措置が必要となる。 |